Document - Japan: "Will this day be my last?" The death penalty in Japan

今日が最期の日? 日本の死刑 (ASA22/006/2006


amnesty international





「今日が最期の日?」


日本の死刑

<仮訳版>














ASA 22/006/2006

200677








101-0054 東京都千代田区神田錦町2-2 共同ビル(新錦町)4F

TEL. 03-3518-6777 / FAX.03-3518-6778


社団法人 アムネスティ・インターナショナル日本





生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑罰である。それは言うまでもなく、尊厳な人間存在の根元である生命そのものを永遠に奪い去るものだからである。

1948312日最高裁判所大法廷決定より)1




1. はじめに


少なくとも87人の死刑確定囚が日本には存在する。最後の処刑は2005916日におこなわれた。北川晋死刑囚が、1980年代に起こした二件の殺人の罪で絞首刑に処せられたのである。2000年以降、処刑された死刑囚の数は11人にのぼる。これらの事件の控訴、上告の手続は通常10年から16年を費やした。しかし、一方で1960年代以降死刑事件で収監されながら、依然として控訴、上告、再審請求中の人もいる。


アムネスティは、いかなる状況下においても死刑に反対する。死刑は生きる権利の侵害であり、究極的な意味で、残虐かつ非人道的および品位を傷つける刑罰である。アムネスティとしては、日本が2006年中に、死刑を廃止して死刑を適用しないようにしようとする国際的な強い流れに沿うべく、歩みを進めることを期待している。杉浦正建法相が2005年の就任時の発言はこうした希望を強くするものだった。20051031日、記者会見の席上、杉浦法相は次のように言ったと伝えられる。


「文明論的に言えば、方向としては長いスパンをとれば(死刑制度は)廃止の方向に向かうと思う。」2


杉浦法相は、さらに、死刑執行命令書にはサインしないとも述べた。しかしながら、杉浦法相はその後すぐこの発言を撤回し、発言は個人としての心情を吐露したもので、法相の職務の執行について述べたものではない、とした。


日本は、先進工業国の中で死刑を未だに廃止していない、ごく少数の国のひとつである。米国を除き、先進国首脳会議の構成国G73は死刑を廃止している。日本の刑法典はさまざまな犯罪に対して死刑を規定しているが4、事実上は殺人罪のみに適用されている。処刑方法は、絞首である。


本報告書では、アムネスティは、日本が死刑を使用し続けているということ、その適用にまつわる秘密主義、刑事司法制度上の問題、といった懸念に対して日本政府が注意を向けるよう促している。アムネスティは日本政府に対し、国家が実行ないし指示するような人権侵害を止めるよう求める。それには、拘禁時に人道的に取り扱われる権利、拷問やその他の残虐、非人道的、品位を傷つける取り扱いないし刑罰からの自由、国際法や諸基準と合致した公正な裁判の権利などの侵害を含む。そうした権利は日本も締約国となっている国際法5を通じて保護されている。個人が生きる権利や残虐、非人道的、品位を傷つける刑罰を受けないという権利の保護を完全に確保するため、アムネスティは日本政府に対し、ただちに死刑を廃止するよう求める。


2. 日本における死刑の適用


2.1. 死刑の実施手続きにまつわる秘密主義


日本では、死刑執行の予定日に刑務所の外で監視行動などがおこなわれることはない。処刑がおこなわれるかどうかは当局だけが知るところだからである。また処刑は通常、国会が閉会中で処刑の問題を国会で協議することができないような時期におこなわれる。臼井日出男元法相によれば、「死刑についての論議を大々的にする」機会を野党議員に与えないために、このような方針がとられているということである。6


死刑の執行に関して唯一明らかにされているのは、定期的に法務省が出す統計情報である。執行された人の名前は明らかにはされず、家族が公開しないかぎり知ることはできない。法務省はこうした秘密主義は、死刑囚の家族を、身内が処刑されたと知られないよう、保護するためだとしている。


実際には、こうしたやり方は、身内に死刑囚を持つ人びとに緊張を強いるものである。家族は恐怖の中で生きることになる。それは、ちょうど木村修二さんの母親が経験したことと重なる。19951221日の朝、彼女は修二さんに面会に出かけた。しかし、訪問した時間は忙しいため、昼にもう一度来てほしいといわれた。しかし、昼に再び訪問したとき、彼女は息子の遺体を埋葬のために引き取る意思があるかどうかを確認されたのである7。死刑囚を持つ家族たちは常に、愛する家族が処刑に直面しており、いつ何時前触れなく処刑されるかもしれない、というプレッシャーの中に置かれている。多くの家族は、こうした状況の中、有罪となった身内を見捨ててしまう。それは身内に死刑囚を持つということを恥じるためでもあるが、関係を維持し続けることのストレスに耐えられないからでもある。


刑法典では、処刑は法務大臣の命令により絞首でおこなわれることになっている。現在のやり方では、死刑囚に処刑の予定が告げられるのは当日の朝である。まったく事前の知らせがないままの場合もある。法務省の高官が述べたといわれることによれば、「もしも死刑囚に事前に知らせるとなると、死刑囚の心情が害されるおそれがある。したがって、絞首刑が執行される前には、死刑囚本人も含め、誰にも知らせることができない。執行j後は家族にできるだけ早く知らせるようにしている」とのことである。8


今の実務では、死刑囚は常に処刑の恐怖にさらされており、毎日毎日、明日は生きていられるかわからない、という状況に置かれることになる。上訴の手続がすべて尽くされ刑が確定してから、何年も何十年も処刑の日を待って暮らすことになる。


国連の超法規的、略式、恣意的処刑に関する特別報告者は、最新の報告書の中で、死刑の適用と透明性の問題を取り上げている。


「死刑判決を受けた囚人やその家族に執行期日を事前に知らせないのは明らかに人権侵害である。最も極端な例では、死刑囚が執行を知ったのがその直前だったということさえあった。家族は執行後にしか知らされないが、きちんと正式に知らされるのではなく、偶然知ったというようなことすらあった。このようなやり方は非人道的であり、品位を傷つけるものであるとともに、生きる権利にまつわるさまざまな保障措置をないがしろにするものである。」9


特別報告者は、また、日本の死刑制度が秘密主義は、公式の政策として行われていると指摘している。そうした政策について、日本政府当局は、その合法性を名言している。例えば、情報を提供することの拒否理由として当局があげるのは、死刑囚のプライバシーを尊重するため、というものである。しかし、この理由では、なぜ自らの死という最も重要な情報を、プライバシーが守られるべきその当の本人が知ることができない、といったことは正当化できない。さらに、特別報告者は、次のようにいう。


「プライバシーの尊重は、死刑囚が自分自身の死刑執行の事実や死刑囚監房での経験をプライバシーだと考えない場合、透明性を保障すべき義務を解除するものではない。この文脈で使われている「プライバシー」とは、単に強制された秘密主義を言い換えたものにすぎない。死刑囚はいつ自分たちが死を迎えるかを知らないのだから、その事実を公にする(あるいはプライバシーだとして秘匿する)という選択をする機会がない。さらに言えば、死刑囚監房にいる間、死刑囚はメディアや政治家に接触することが禁じられており、面会が許される人びととの接触は厳しく制限され、統制されているのである。死刑囚を、接見交通や自分の生命にとっての最も重要な問題を知ることに対する統制によってがんじがらめにしていることは、日本の死刑制度が死刑囚のプライバシーを守ることよりも、むしろそれをないがしろにしていることを示している。」10


日本の国会議員ですら、死刑判決を受けた死刑囚の拘禁状況を見ることは難しい。2003年、衆議院法務委員会の9人の理事が処刑場の視察を申し入れ、最終的に視察の権利を行使することができた。彼らが訪れたのは東京拘置所の新しくできた処刑場である。これは1973年以来、刑務所や司法以外の外部の人間に処刑場を見ることを法務省が許したはじめての事例であるといわれている。この議員調査団は死刑囚との面会も要請したが許可されなかった。


アムネスティをはじめとするさまざまな団体が、死刑執行にまつわる秘密主義について、それが一般社会から死刑の現実を隠しているとして批判している。日本弁護士連合会は、また、死刑が日本で廃止されない一つの理由は、死刑制度をめぐる極端な秘密主義であり、その結果公に死刑廃止を議論するための情報が欠けてしまっているためである、と指摘している。


2005420日に国連人権委員会が採択した2005/59決議の中で、同委員会は死刑を依然として存置している各国に対し、「一般社会に対し、死刑の適用およびすでに決められた死刑執行に関する情報を提供するよう」求めた。


国連の超法規的、即決あるいは恣意的処刑に関する特別報告者は、次のように指摘した。


「銃殺隊や絞首刑、薬物処刑その他の執行方法で人の生命を奪うという、国家が持つ大きな権力は、人権侵害を生む大きな危機性を持っている。この権力の安全を保障するためには、刑罰に対する一般社会からの目を確保するしかない。」11


したがって、「十分な情報を持った上での死刑についての公の議論は、その運用についての透明性が確保されなければ不可能である。ある国が一方で世論に従うといいながら、一般社会に対して死刑の運用についての情報の提供を意図的に拒んでいるというようなことは、筋が通っていない。一般社会の人びとは、ほとんど何も知らないに等しい状態で、どうして死刑制度に賛成だなどということができるだろうか。もしも世論というものが国にとって重要な考慮事項なのだとしたら、政府は関係する情報を入手できるようにし、できるだけの情報を得たうえで意見が出せるようにしなければならない。政府が、死刑制度を守るという前提の上で主張を展開しながら、人びとに対しては、死刑制度が実際に適用されている範囲やその理由などを明らかにするのを拒むということは受け入れられない。」12


2.2. 死を待つ人びと:死刑囚監房の老齢者たち


国家によって人の命が奪われるということは、処刑が判決確定後、数日のうちに執行されるか、あるいは何年もかかるかに係わらず、ある特殊な精神的苦痛をもたらす。死刑囚が拘禁される期間については、複雑な問題がある。短すぎる場合は、十分な不服申立手続のための期間がないし、無実の場合には証拠固めをすることができない。しかし、日本や米国、パキスタンなどのように長すぎる場合は、死刑囚は処刑の恐怖と常時向き合いながら、極めて厳しい拘禁状況下で、長い期間を過ごすことになる。アムネスティは、処刑までの間、死刑囚を拘禁しておく「適当な」期間というものは存在しない、と考えている。上記のような難問は、死刑が廃止されるべきもう一つ理由を示していると言える。


日本の司法手続は極めて遅い。法廷審理までの期間も長ければ、上訴の手続きが裁判所で処理されるまでの期間はさらに長い。本報告書で取り上げたさまざまな事例が示すように、控訴や上告の手続きが終了した後も、死刑確定者は長い期間を不安定な中過ごすことになる。死刑執行は、何年も先かもしれないし、まったく行われないこともある。この経過は極めて恣意的である。例えば、島崎末男さんは三人を殺害した罪などで1992年に第一審で死刑判決を受けた。上告審が確定したのが1999年で、2004年に処刑された。さらに長い期間、確定後に拘禁された人びともいる。尾田信夫さんと袴田巌さん13は、1960年代に死刑判決を受け、それぞれ1970年と1980年に上告審で確定した。彼らは依然として死刑確定者として拘禁されている。


この結果、日本には大変高齢な死刑囚が多数いる。奥西勝さんは、1961年に5人の女性に毒を盛ったということで死刑判決を受けているが、すでに80歳になっている。大濱松三さんは、1975年に母親と二人の子どもを殺害した罪で死刑判決を受けたが、現在78歳である。二人とも何十年も拘禁され、日々いつ処刑されるかもわからないという緊張が途切れることなく生きている。


奥西勝さんの事件に関しては、20054月に名古屋高裁が、彼の無実を証明する新たな証拠に基づいて再審を決定した。奥西勝さんの支援者らは再審をただちに開始するよう訴えており、彼が晴れて無実となることを期待している。奥西勝さんは、20063月に面会した支援者らに「生きているうちに冤罪を晴らしてほしい」と伝えたという。


死刑判決を受けた人の中には、長い期間を獄中で過ごし、そのまま死亡する人びともいる。富山常喜さんは、2003年に86歳で死亡した。彼は一貫して無実を主張していた。


米国をはじめ、さまざまな国の心理学者や弁護士が、死刑囚監房に長期間閉じ込められていると、収容者は自殺、妄想、精神異常などを来たしやすいと主張している。死刑囚監房の生活状況について言及する人もいる。寒々としたところに隔離され、いつ処刑されるかわからない中を生きる。これは「死刑囚現象」とも呼ばれ、それが生じさせる心理学的影響を「死刑囚症候群」と呼ぶ。この理論が生まれたのは、1985年のヴァージニアで起こった殺人事件の容疑で1989年に犯罪人引渡しの審理を受けたドイツ国籍のイェンス・ゼーリングの事件に遡る。英国に逃げた彼は、欧州人権裁判所に対し、死刑判決を受けるまでとその後処刑までの間の長期間置かれる状態は、拷問に匹敵すると述べた。


裁判所は、死刑判決を受ける可能性のある場所に送還することはできない、と判示した。裁判所は死刑そのものではなく、死刑判決を受けた人が上訴の手続きなどで処刑までの長い期間を待たされる「死刑囚現象」を問題だとして取り上げた。14


長期間にわたる死刑囚の拘禁は、残虐、非人道的、品位を傷つける刑罰にあたるという判断は他の裁判所も出している。例えば、枢密院司法委員会15は、ジャマイカのプラットとモルガンの事件において、死刑判決を受けて長い期間を過ごすことは、非人道的ないし品位を傷つける刑罰あるいは取り扱いの憲法的禁止に違反している、と判示した。実務上は、裁判所は死刑の適用から5年以上経てば長期間の拘禁にあたるとし、その場合は自由刑に減刑するべきであるとしている。16


2.3 精神障害者に対する死刑執行


アムネスティはあらゆる死刑に反対しているが、日本で精神に障害のある人17(永続的な障害・一時的な障害にかかわらず)に対して死刑が適用されていることを憂慮している。以下に述べるように、死刑囚が精神の健康を悪化させるような状況(執行の恐怖にさらされながら生きることからくるストレス)に置かれていることをアムネスティは危惧している。


アムネスティは日本の当局に対し、精神の健康に深刻な問題を抱えている人びとに死刑を適用しないよう要請する。国連人権委員会が言うように、いかなる形態であれ精神障害を抱える人びとに死刑を言い渡したり、執行したりするべきではない18。この見解は日本の国内法にも部分的に示されている。刑法第391項には、「心神喪失」者の行為は罰しないと規定されている。また2項には、「心身耗弱」者の行為は、その刑を減軽するとある19


これらの条文は、犯行時に精神病にかかっていた人に死刑を言い渡すことを禁止している。しかしこの条文では、裁判中に、あるいは判決を受けて厳しい状況下で拘禁されてから罹病した人びとの問題には触れられていない。さらに、精神病の犯罪者であっても症状が回復すれば処刑される可能性がある。


刑法の「心身耗弱」に関する条項は、「責任能力が低い者」は死刑にしてはならないという意味である。しかし、是非善悪の弁別、弁識に基づいて行動する責任能力を判定する司法精神鑑定は非常に限定的であるため、日弁連は、すべての永続的な精神障害が必ずしも「精神的・知的能力の低い者」に含まれるわけではないと報告している20


赤堀政夫さん(7ページと10ページを参照)は34年間の獄中生活の後、1989年に釈放された。赤堀さんが警察に逮捕されて尋問された時、軽度の精神障害があったとされている。そしてそのため当局は赤堀さんに対して先入観を持ったといわれている。赤堀さんは拷問と虐待を受け、「自白」調書に署名させられた。


アムネスティは、精神病にかかっている死刑囚が処刑されているという報告を受け取っている。川中鉄夫さんが1993年に処刑された時、弁護人は再審請求の準備中だったが、川中さんの精神状態が良くなかったために準備が中断していた。川中さんの死刑判決は、執行時には最高裁で確定していた。しかし、川中さんは妄想と幻覚に悩まされていたと伝えられている。1982年、控訴審判決が出る前、川中さんは医師の診察を受け、統合失調症の疑いがあると診断されたという。


20039月に処刑された向井伸二さんも同様であった。向井さんは1985年に3人を殺害して19882月に死刑判決を受けた。すべての上訴が棄却された。向井さんは精神状態に問題があったと伝えられており、執行された時には弁護人は再審請求の準備中だった。


当局は精神状態に問題のある人びとを処刑し続けるつもりのようである。堀江守男さんは、重度の精神病であるとの報告があるにもかかわらず、2005926日に最高裁で死刑判決を受けた。最高裁は堀江さんが精神病であることを認めず、精神鑑定書にあるとおり訴訟能力がないという趣旨の申請は却下された。それまで司法当局は堀江さんが精神を患っていることを認めているようであり、1993年から1998年まで、堀江さんの精神状態が不安定であることを理由に公判手続を停止していた。1998年の精神鑑定で、訴訟能力があると診断され、公判が再開した。アムネスティは、堀江さんの病状が重く、判決の意味が理解できていないという情報を得ている。伝えられるところによると公判手続が停止した後、堀江さんの症状は改善し、病院へ送られたが、拘置所に戻ると悪化した。


アムネスティは日本政府に対し、重度の精神障害を持つ人びとに死刑を言い渡したり執行したりしないよう保証することを求める。犯行時に精神病であった場合も、後に発症した場合も同様である。また、日本の法律に従って、重い精神病にかかっている人の裁判は停止すべきである。死刑に関する国際基準では、重度の精神病を抱える死刑囚を処刑することが禁止されている。日本政府がこの基準を尊重するよう、また、国際的に認められた職業上・倫理上の基準に従って、囚人の精神の健康状態を判断する手続を確立するようアムネスティは要請する。



2.3.1 執行における医療従事者の役割


19471227日付けの法務省矯正局長からの通達で、死刑執行の前に医師の診察が必要になった。この通達では、執行に際して医師が報告書を作成することも指示されている。さらに、法律には定められていないが、医師が執行に立会い、死亡時刻を決定することが現在の慣行になっているという21


医師が死刑執行に関与することは倫理に反するというのが、医療倫理の基準になってきている。死刑への医師の関与についての世界医師会決議には、「医師が、どのような形であれ、死刑あるいは執行のいかなる段階においても、関与することは倫理に反する」とある22。米国では、米国内科学会が他の団体とともに、次のような内容の報告書を発表している。


「...死刑の執行は医療措置ではなく、医療行為の範疇に入らない。内科医は人間性を尊重し、痛みをやわらげることが使命である。そして、患者と公共の利益のために働くことを社会から託されている。国家による殺人を幇助するために医療技術を使うことは、この信頼に対する裏切りである」23


死刑執行への医師の関与は、日本医師会の医の倫理綱領にも反するものである。


「医学および医療は、病める人の治療はもとより、人びとの健康の維持もしくは増進を図るもので、医師は責任の重大性を認識し、人類愛を基にすべての人に奉仕するものである。」24


日本には、死刑執行中および執行後の医学的観察に基づいた研究がいくつかある。その1つに、1948年から1951年までに行なわれた20件の執行についての法医学の専門家の報告書がある。この報告書は、19521027日付けで地方裁判所に提出された書類の中に含まれていたものであるが、これによれば死刑囚が首に縄を巻かれたまま床から落とされてから死亡するまでに平均して1433秒かかるという。最短で435秒、最長で37分かかっている25



3. 死刑囚監房の状況


死刑囚監房の状況については、生還した一握りの人びとの話や、死刑囚が書いたもので、検閲を免れて外部に出たものからわずかながら知ることができる。


死刑囚の生活は、1908年の監獄法(1963年に矯正局長通達により改正)に基づいて定められている。他の死刑囚に話し掛けることは禁止されている。外界との接触は家族や弁護士に限られていて、監視付きで、回数制限がある。テレビを見ること、個人的な関心事や趣味を持つことも禁止されている。ラジオは許可されているが、チャンネルを選ぶことはできない。ビデオ鑑賞が許可されている拘置所もあるというが、看守の裁量次第である。また死刑囚は3冊まで本を所持することができ、本の内容が「権威の打倒」を唱道するものでないかどうか検査する看守が緊急許可を出した場合はそれ以上の所持が可能である。房外での運動は週に2回、短時間に限定されている。多くの死刑囚が、孤独感から逃れるために睡眠薬に頼っているという26


執行直前の死刑囚がどのように扱われるかについて、死刑囚として31年間過ごした赤堀政夫さんの例がある。赤堀さんは1970年代初めのある朝、5人の看守によって房から引きずり出された。人違いだと気付いた看守たちはイライラした様子で小声で話し合っていた。赤堀さんは房に戻され、別の死刑囚が執行のため連れ去られた27。赤堀さんはまた、拘禁されている間、他の死刑囚との会話を禁止されているために、いつ執行されるのかと思いながら生きることのストレスがますます強まったと語っている28


大道寺将司さん(1974年に死者8人負傷者380人を出した三菱重工ビル爆破事件に関与して死刑判決を受けた)の監獄日記も、死刑囚の状況がわかる貴重な観察記録である。大道寺さんの記録によれば、死刑囚は電灯がついたままで眠らなければならない。大道寺さんは精神的ストレスと運動不足から病気になり、健康を維持するために運動することを決心した。しかし看守は大道寺さんが房内で腕立伏せやストレッチ運動をするのを許さなかった。他人に迷惑をかけるとみなされる行為は許されない29


遅々として進まないことで悪名高い司法制度の中で上訴審が進行する間、ほとんどの死刑囚は何年間も、時には何十年間も、このような状況に耐える。すべての上訴が尽され死刑が確定すると、死刑はいつでも執行される可能性がある。必要なのは法務大臣の印鑑だけだ。


日本の「死刑囚監房」の苛酷な環境は、絶望感を生み出すことも多い。例えば高根沢智明さん30のように、無実を主張しているにもかかわらず上訴を取り下げる人びともいる。日本の司法制度では、上訴しても結果は同じだというのである。高根沢さんの弁護人は、高根沢さんは死刑囚監房での生活のストレスのために情緒不安定になっていると主張しているということである。


矯正局はこのような拘禁状態について、脱獄を防止し「死刑囚の精神の安定を維持するため」にこのシステムにしているのだと述べて正当化している31


実際、日本では多くの死刑囚が、前述したような状況のもとで一生涯独房に入れられている。このような拘禁のされ方をするために、多くの死刑囚が精神面での不調に悩まされる。


全体として、長期の独房監禁を含むこれらの状況は、残虐、非人道的かつ品位を傷つける取り扱いであり、日本が合意している国際条約に違反する。また、このような拘禁状況は、看守による虐待の温床にもなり得る。


199810月、国連自由権規約委員会は日本の第四回目の定期報告書に対する回答を発表した。様々な勧告があったが、死刑囚の拘禁状況に言及して委員会は次のように述べた。


「委員会は依然として、死刑囚監房での拘禁状況を強く懸念している。とくに、面会や通信に不当な制限があることと、執行日を家族や弁護士に通知しないことは自由権規約に違反していると考える。委員会は、死刑囚監房の拘禁状況を、条約第7条および101項に従って、人道的なものにするよう勧告する」32


受刑者の取り扱いを定めた新しい法律が20055月に施行された。この法律により、死刑囚に面会できる人の範囲が広がり、すべての親戚、重要な問題に対処するために「必要な」人、死刑囚の精神の安定に貢献する人などが含まれたと伝えられている。この法律には、拘置所長の裁量で、その他の人びとにも面会が許されると規定されている。


被拘禁者処遇最低基準規則などの刑務所状況についての国際的に認められた基準を満たすような改正をアムネスティは歓迎する33。しかし、拘置所長に裁量権を与えるような改正については、拘置所によって異なる慣行ができることになりきわめて不公平になるという懸念がある。さらに、アムネスティは死刑囚の精神の健康に役立つような改正を歓迎する一方で、他の被拘禁者との接触の問題や独房監禁などの監禁状況に言及するまでに至っていない点が不十分であると考えている。



4. 裁判前拘禁:虐待のおそれ、自白の強要、誤った有罪判決


4.1. 無実の人を処刑する可能性はなくならない


死刑があるところには、無実の人が処刑される危険が必ずある。アムネスティは、無実の可能性のある死刑囚の事例を世界中で数多く記録している34。日本では、代用監獄(代替刑務所、脚注および16ページ参照)として知られる警察留置制度の存在によって、冤罪の危険が増している。代用監獄とは、矯正局の管理下にある施設や拘置所の代用として、警察署に被疑者を拘禁するもので、これによって警察が被疑者を長時間にわたって取り調べることが可能になっている35


免田栄さん、赤堀政夫さん、谷口繁義さん36、斎藤幸夫さん374人がそれぞれ別々の事件の裁判で死刑判決を受けたが、1980年代に、起訴が間違いだったことが立証されて釈放された。4人は取り調べ中に拷問または虐待を受け、その結果、していない犯罪を「自白」した。そしてこれらの「自白」は、死刑判決を得るための証拠として利用された。


免田栄さんは、死刑囚として34年間過ごし、1983年に釈放された。免田さんは再審請求が認められるまでに6回の申請を行なった。赤堀政夫さん(13ページ参照)は1958年に強かん殺人の罪で死刑判決を受けた。赤堀さんは一貫して、警察の取調べ中に強要されて自白しただけであり、無実であると主張した。19891月、最高裁は、赤堀さんの自白は信用性を欠き、他に犯行と赤堀さんを結び付ける証拠がないとして赤堀さんを無罪釈放した。1959年の東京高裁での控訴審で赤堀さんは、「取調官たちは私の頭を殴り、窒息しそうになるほど首を絞めたり、蹴ったりしました... 拷問に絶えられなかったので、私はすべての質問にはいと答えることに決めました」と述べた。1960年に最高裁で死刑が確定した後、赤堀さんは再審請求を3回却下された。1969年に申し立てた4回目の再審請求が認められ、198710月に再審が開始された。逮捕された時は25歳だったが、無罪釈放されたときには59歳になっていた。30年以上も死刑囚監房にいたのである。1984年には谷口繁義さん(1952年死刑判決)と斎藤幸夫さん(1957年死刑判決)が釈放された。


これ以降、死刑囚の無実がわかって釈放された例をアムネスティは知らない。過去16年間無罪釈放がないということは、法律が改正されて無実の人が有罪判決を受ける危険が減少したからというよりも、司法制度が誤りを認めたがらないからということのほうが大きいとアムネスティは懸念している。日本の法廷の有罪率は世界でもトップクラスである。起訴された人のうち約99パーセントが有罪になるという。これほど有罪率が高ければ、無実の人が死刑判決を受ける可能性もかなり高いと思われる。



4.2. 代用監獄制度:人権侵害の温床


警察の留置場を最長23日間、刑務所の代りに利用できる代用監獄(代替刑務所)制度は、被拘禁者の権利を侵害し、とくに、自白に大きく頼り、強要された「自白」が法廷で不採用になることはめったにない司法制度のもとでは、さらなる人権侵害の温床となっている。


政府は先ごろ、国連拷問等禁止条約の締約国の義務に従って、国連拷問禁止委員会に最初の報告書を提出した。この報告書の中で政府は次のように述べている。


「このようにいわゆる代用監獄制度が適正に運用されている限り「残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰」が行われているとして、本条約上の問題が生じるものではないと考える」38


アムネスティが受け取った報告書は、日弁連と同じく、代用監獄制度は拘禁に関する国際基準を満たしていないという見解を支持している。被疑者は常時警察の管理下に置かれ、取調べの時間には一切の規則も規定もなく、取調べ中は弁護人の接見は制限され、警察は事情聴取を録音しない。この制度が「自白」を得るために日常的に使用されていることをアムネスティは懸念している。「自白」を得るために使用されている、拷問またはその他の虐待に相当するような様々な方法をアムネスティは記録している。その方法とは、たとえば殴る、脅す、眠らせない、早朝から深夜まで取り調べる、ずっと同じ姿勢のまま立たせたり座らせたりすることなどである。


4.2.1. 法律上および運用上の法的アクセス


弁護人に接見できないことで、人権侵害の起こる可能性は倍加する。日本国憲法は弁護人に接見する権利を保証している。憲法第37条には「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。」とある。また刑事訴訟法第39条には、「立会人なくして」弁護人に接見する権利があると規定している。これは、弁護人に会う時には警察官が立ち会ってはならないという意味である。


従って弁護人は時間の制限なく、いつでも依頼人に面会することができる。しかし日弁連の報告によれば、実際には、重大事件で被疑者が容疑を否認している場合は、取調官は往々にして、弁護人との接見を制限するということである。取調官は刑事訴訟法第393項にもとづいて、弁護人との接見を制限することができる。この条文には、取調官(警察および検察)は「捜査のため必要がある時は、接見の日時、場所および時間を指定することができる」とある。弁護人に接見する権利はこのようにして厳しく制限される。日弁連は、「弁護人は、担当取調官からの事前の許可なしに被疑者と会うことはできない」と報告している39。弁護人が接見許可を申請してから2,3日後になってやっと許可が出て、しかも接見時間は15分間に制限されているということも珍しくない。


それだけでなく、裁判所が選任した弁護人に接見する権利が刑事訴訟法第272条に規定されているにもかかわらず、この権利は起訴された後の被告人にのみ与えられ、起訴前の取調段階の被疑者には与えられない。これでは、被疑者が弁護人に会う権利を行使することはできず、死刑の執行に関する国際法と国際基準に合致しない。自由権規約委員会(自由権規約の実施状況を監視する専門機関)は、国際人権(自由権)規約(ICCPR)、拷問およびその他の虐待を禁止している)第7条に関する一般的意見の中で、次のように述べている。被拘禁者を拷問およびその他の虐待から保護するためには、


「医師および弁護士と、また捜査上必要な場合には適切な監視のもとで、家族と面会することができることが必要である」40


国際法と国際基準は、死刑判決を言い渡される可能性のある人は誰でも、手続のあらゆる段階で弁護士の支援を受けられなければならないと明確に定めている。国連経済社会理事会の「死刑に直面する者の権利保護の確保のための保障規定」41では、死刑に直面する人は、


「あらゆる段階で弁護人の適切な支援を得ることができなければならない。死刑相当でない事件で得ることができる保護以上の保護が与えられなければならない」42


としている。


アムネスティは、日本の刑事訴訟法が改正され、2006年末までに完全施行の予定であることを歓迎する。新しい刑事訴訟法は、逮捕・拘禁されてから起訴されるまでの被疑者が、支払能力のない場合は公費で弁護人を自選することができるとしている。すべての被拘禁者を迅速に裁判にかけるように要請する一方で、アムネスティはこの法改正は、公正な裁判を受ける権利が十分に実現されるという意味で有益であると考える。アムネスティは、この法律が速やかにかつ完全に施行されることを求める。


  1. 拷問・虐待・自白強要の危険性


死刑判決を受けた人びとのケースには、上記に述べた懸念が表れている。たとえば、現在69歳の袴田巌さんは37年以上も独居拘禁で死刑囚監房にいる。袴田さんは自分の姉など近しい親戚も認識できなくなるほど精神的・身体的な健康がきわめて深刻な状態にあるという。袴田さんは1966年に起きた一家四人殺害の容疑で起訴された。23日間にわたって警察による尋問を受けたが、その間、食事も水も与えられず、トイレに行くことも許されず、蹴られ殴られたという。睡眠を十分にとることも許されなかったとも述べている。袴田さんは無実と殺人の“自白”を強要されたと一貫して主張している。


代用監獄制度の存続は、拷問、虐待、自白強要を容易にし、日本の刑事訴訟法と憲法に違反する。日本国憲法第38条では「強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない」と述べている。国連自由権規約委員会は代用監獄の使用に関し深刻な懸念を表明している。199811月に以下のように述べた:


「委員会は、起訴前勾留は、警察の管理下で23日間もの長期間にわたり継続し得ること、司法の管理下に迅速かつ効果的に置かれず、また、被疑者がこの23日の間、保釈される権利を与えられていないこと、取調べの時刻と時間を規律する規則がないこと、勾留されている被疑者に助言、支援する国選弁護人がないこと、刑事訴訟法第39条第3項に基づき弁護人の接見には厳しい制限があること、取調べは被疑者によって選任された弁護人の立会いなしで行われることにおいて、第9条、第10条及び第14条に規定する保障が完全に満たされていないことに深く懸念を有する。委員会は、日本の起訴前勾留制度が、規約第9条、第10条及び第14条の規定に従い、速やかに改革がされるべきことを、強く勧告する。」

「委員会は、代用監獄制度(Daiyo Kangoku)が、捜査を担当しない警察の部局の管理下にあるものの、分離された当局の管理下にないことに懸念を有する。これは、規約第9条及び第14条に基づく被拘禁者の権利について侵害の機会を増加させる可能性がある。委員会は、代用監獄制度が規約のすべての要請に合致されるべきとした日本の第3回報告の検討後に発せられたその勧告を再度表明する。」43

また、日本も締約国である国連拷問禁止条約第15条では:

「締約国は、拷問によるものと認められるいかなる供述も、当該供述が行われた旨の事実についての、かつ、拷問の罪の被告人に不利な証拠とする場合を除くほか、訴訟手続における証拠としてはならないことを確保する。」


拷問等禁止委員会に提出された日本政府報告では、日本政府は以下のように述べている:

「自白が任意にされたものであることについては、裁判で検察官がこれを立証しなければならず、その立証が果たされない限り、裁判所は自白を証拠として用いることができない。」44


これは検察側に自白が任意であることを証明する義務があるという意味である45。しかし、事実上、免田栄さん、赤堀政夫さん、谷口繁良さん、斉藤幸雄さんのケースのように、“自白”が任意ではないことが証明された被疑者がおり、“自己に不利益な供述又は有罪の自白を強要されない”権利が侵害されている場合が多くある46


上記で述べたような深刻な人権侵害の危険性は、国内外の法曹界においても重大な懸念として引き続き存在する。日本弁護士連合会(JFBA)も支持する国際法律家協会(IBA)は、すべての警察と検察による取調べの電子記録を提案する報告書47を発表した。これは自白がどの程度強要されたか任意であるかを裁判所がアクセス可能にするものである。これにより上記で述べたような誤審の可能性をかなり減少させる。電子記録は警察による被疑者への拷問・虐待および警察が拷問や虐待の誤った容疑をかけられる可能性も減少させる。アムネスティもこの提案を強く支持し、日本政府に対しこの制度を早急に導入することを求める。この提案に対し法務省が現在まで前向きな回答をしていないことに失望している。


アムネスティは、拷問禁止条約選択議定書48の批准も日本政府に対して求めている。同議定書の批准により、締約国は国内防止機構の設置および国際的な防止機構-拷問、残虐、非人道的または品位を傷つける取り扱いや処罰防止小委員会が設立される。これらの機構はあらゆる拘禁施設および被拘禁者を訪問することが可能なため、拷問や虐待を防止する手段となる。


5.死刑執行:凶悪犯罪に対し誤った対応


アムネスティは凶悪犯罪を犯した人びとを許すことを求めず、自国の市民を守る各国政府の義務を認め支持している。しかし、死刑はいかなる場合でもまちがいであると考える。死刑執行は解決策よりもむしろ暴力文化の一端である。死刑執行とは国による計画的殺人であり、加害者のように身体的暴力を用いる準備があることを宣言するものである。


さまざまな国ぐにや文化圏で多くの政治家が死刑は犯罪を取り締まる手段として必須であり犯罪行為全般を抑止する効果があると高く評価している。この仮説が真実ならば、凶悪犯罪者は自己の犯した罪による結果を自覚し、長期の懲役刑の可能性よりは処刑される可能性は受け入れがたいと判断するに違いない。実際は、ほとんどの犯罪者が犯罪中に自分がつかまるとは考えていないとアムネスティは考える。したがって、厳罰よりも凶悪犯罪を抑止する最良の方法は効果的な警察活動により逮捕率と有罪率を上げることである。


米国、カナダあるいはその他の国ぐにで、死刑がなければ暴力犯罪が増えるという証拠はない。たとえば2004年の米国では死刑存置州の殺人発生率は人口10万人に対して5.71件だったが、死刑廃止州ではわずか4.02件だった。さらにカナダでは、死刑が廃止されて27年たった2003年には、死刑を廃止する前の1975年に比べて殺人発生率が44パーセントも低下した。


日本では1989年から1993年までの約3年間、死刑執行がなかった。これは当時の法務大臣であった左藤恵氏が宗教的信念により執行命令書に署名しなかったことも一因である。当時、元官僚や何百人もの国会議員も死刑に反対していた。この間、死刑が適用されるような凶悪犯罪が増加しなかった。


犯罪の性質にかかわらず、殺すという刑罰はそれ自体が尊い命を否定するものである。刑罰としての死刑は犯罪者の更生の可能性を奪うものでもある49。さらに、死刑存置国の政府は犯罪に対する処罰として死刑執行は必要であり、被害者やその関係者の感情へ配慮していると正当化することがしばしばある。しかし、日本でも、ほかの国と同様に50、その喪失感にもかかわらず死刑は適用されるべきと考えない被害者遺族もいる。これは加害者を死刑にすることが被害者遺族に節目や満足といった感情をもたらすかどうかも含む死刑執行の正当性に疑問を投げかける51


このような例としては、1979年から1983年の間に他の二人と共に弟を長谷川敏彦さんに殺害された原田正治さんがいる。長谷川さんの死刑判決は1993年に確定し20011227日に処刑された。原田正治さんは執行の停止を法務省に要請していた。長谷川敏彦さんが生きることで自分の罪に対し反省の意を表し償う唯一の方法と原田さんは考えた。原田さんに長谷川さんの死刑執行は知らされず、なぜ彼が処刑されたか選ばれた理由を法務省が説明することもなかった。法務省は個別のケースについては論じないと言ったという。ジャパンタイムスのインタビューで原田正治さんは拘置所に加害者を訪ねたのは事件後何年もたってからだったと述べた。何度か会うことができたが、原田さんは殺人の件について一切触れたことはなく、処刑は空虚感をもたらした:“私たち家族の苦しみを癒す助けにはならなかった”と語った52


6.日本の死刑廃止運動の歴史


日本の死刑存置論者は死刑は歴史的伝統の一部であるという。53しかし、これは処刑がなかった長い歴史を無視している。12世紀初頭以来、死刑は公的に認可されたが、724年に聖武天皇が死刑を含むあらゆる形態の殺人を禁止する命令を出して以降は、天皇の命令により死刑が禁止されていた。9世紀から12世紀にわたる約300年間は死刑の適用は公的に認められてなかった。この時期以降、死刑は再導入され、さまざまな方法で多様な社会的集団に対して行なわれた。中でも残虐なのは火あぶりであった。1868年の明治維新以降は、多様な執行方法は次第に絞首に移行した。


近代では、198911月から19933月まで、当時の法務大臣が個人的に死刑に反対し54、国家による殺人を止めるキャンペーンが活発であったため、執行がなかった。法務大臣が執行命令書に署名しない限り執行はないため、立て続けに法務大臣が署名を回避したこの時期は事実上の執行停止(モラトリアム)となった。19933月に3件の処刑があり、モラトリアムは終わった。この処刑は人権団体や宗教団体、有名人らにより広く非難された。モラトリアムは日本政府が法律上の死刑廃止に向けた具体的措置を採ったと死刑廃止活動に希望を与えた。


最近では、“フォーラム90”の傘下で死刑廃止を求める強力で組織化された活動が展開されている。フォーラム90はアムネスティや他の人権団体を含む活動の連合体で、少なくとも500人以上の弁護士、300人以上の宗教家、400人以上のジャーナリストが参加している。さらに、多様な政党からの国会議員が占める割合も著しく、議員連盟を結成し、死刑廃止を訴えている。日本弁護士連合会(JFBA)もあらゆる死刑執行の停止と死刑にまつわる秘密主義の終焉を政府に求めている。


7.死刑適用を回避する世界的潮流


近年、死刑適用を回避する世界的な潮流が顕著になってきた。異なる地域の合計125カ国が法律上または事実上死刑を廃止した。欧州では実際に死刑を執行しているウズベキスタンとベラルーシを除きほとんど死刑がなくなった。米大陸では、米国が定期的に執行しているのみである。アフリカは大陸から執行がなくなるような大きな一歩を踏み出している。セネガルとリベリアが最近死刑を廃止し、2005年には53カ国中3カ国のみが死刑を執行した。


残念ながらアジア地域はこの世界的潮流にさからっている。この地域には執行率が高い国や廃止の見込みがない国がある。日本同様、中国、シンガポール、インドネシアは頑強な死刑支持者である。


この地域でもカンボジア、ネパール、東チモールのように死刑を廃止する前向きな動きがある。アムネスティは1994年に死刑を再導入した後20066月に死刑を廃止したフィリピンの決断を暖かく歓迎する。東アジアでは韓国や台湾で法律上の死刑廃止が検討されている動きを歓迎する。19982月、韓国は議論を保留し非公式にモラトリアムを導入した。299人中175人の国会議員の賛同を得たあらゆる犯罪に対する死刑を廃止する特別法案が韓国国会に20052月に提出された。この法案は現在審議中で韓国の死刑廃止への道を拓くものとなろう。


日本の死刑廃止はこの地域で日本が人権問題におけるリーダーシップをとり、人権を十分に擁護することに向けて国家が前進する貴重な事例となるとアムネスティは考える。


死刑適用を回避する世界的潮流は国連人権委員会で採択される決議によりさらに強まっている。死刑廃止を支持する1997年以来毎年採択されている。


国際法廷で適用される刑罰にも死刑適用回避に向けた国際社会の決意が見られる。国際刑事裁判所(ICC)のローマ規程では、ICCが課す刑罰から死刑が除外された。ICCはもっとも重大で深刻な犯罪:人道に対する犯罪、ジェノサイド、戦争犯罪に対する裁判権がある。同様に、1993年の旧ユーゴスラヴィア国際戦犯法廷、1994年のルワンダ国際戦犯法廷でも、法廷が課すことができる刑罰から死刑が除外された55


さらにヨーロッパでは、1994104日に採択された決議10441994年)で欧州評議会議員会議は“死刑を廃止していない国のすべての議会は欧州評議会メンバーの多数の例に早急に倣う”よう要請した。欧州理事会で1998年に採択された死刑廃止に関する第三国に対する欧州連合(EU)政策ガイドラインでは、“死刑廃止は人間の尊厳を促進し人権の飛躍的発展に貢献する”と述べている。また“世界的な死刑廃止に向けた働きかけは欧州連合全加盟国が合意した強力な政策見解のひとつ”であるEUの目標を設定している。


欧州評議会は日本がオブザーバー国であるが、一時的に執行を停止し、2003年までに死刑廃止に向けた措置をとるよう求めた決議を採択した。日本に対する行動として20012月に欧州評議会人権委員会が東京を訪問し1週間にわたり調査し所見をまとめた。所見では日本の死刑囚の処遇は国際人権基準違反であるとした。


死刑廃止に向けた取組みが日本にないことは、欧州評議会といった政府間組織に日本が関与する能力にマイナスに影響する可能性がある。20064月、欧州評議会議員会議は“2006年末までに(死刑廃止に向けた)問題に何の進展もない場合、日本と米国のオブザーバー資格を保留する問題を議題のひとつとする”意思があることを発表した。


8.結論と勧告


日本では多くの死刑囚が上訴も終わり日々執行を待っている。政府にとっては執行を命令するのは書類上の手続きを終え署名が必要なだけである。何年もの間、死刑囚は生死の間をさまよっている。定期的に、その一部が監房から突然に引きずり出され殺される。どの死刑囚が選ばれるかの命令には目に見えるパターンや論理がないようである。実際、死刑の適用は国家権力の恣意的発現のようでもある。


日本で死刑を宣告された囚人の大多数は、生涯にわたり残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱いに相当する処遇におかれる。これは日本が批准している国際条約に違反する。多くの囚人は、本報告書で指摘したように、拘禁による精神障害に苦しんでいる。これらの精神病の囚人も実際に死刑執行される。


日本政府は緊急課題として死刑の適用を見直すべきである。不公正な裁判の結果による死刑判決は生きる権利の恣意的侵害に相当する56。死刑の適用について国際社会で合意された最低基準を満たすことができない日本の司法制度の存続が、国連規約人権委員会といった政府間組織により繰り返し指摘されているが、当局により容認されている。


実際、代用監獄制度の存続は誤審の可能性を内在させることを意味する。長期にわたる取調べ、脅しや暴力、取調べ中の法的代理人へのアクセス不可能により、多くの被疑者が犯していない罪を“自白”する。取り返しのつかない刑罰である死刑が適用されるにあたって、代用監獄は無実の人を司法の場で国家が殺害する危険性がかなり増加する。


このような方法で得た“証拠”への依拠は、日本の司法制度が形骸化しており、有罪と証明されるまで無罪と推定される公正な裁判という最も基本的な原則を損なう。


代々の日本政府は国会で死刑に関する議論をしていない。法務大臣も死刑に関連しては死刑の適用を管理する政府の中での役割を述べるのみで、議論に介入しようとしない。アムネスティは現在の政府に対し、国内の死刑廃止論者、国際人権団体、国連や欧州評議会といった日本の死刑方法を批判する組織の懸念に留意するよう要請している。日本政府は死刑の適用に関して、十分に情報を得た上での一般による議論および国会での議論を始める義務がある。これは日本の死刑をとりまく密行主義に終止符を打つことにもなる。


アムネスティは以下の事項を日本政府に要請する:


死刑廃止に向けた措置

  • すべての死刑判決を減軽する;

  • 死刑を廃止するまでの間、執行を停止するモラトリアムを即時に導入する;

  • 死刑廃止に関する一般・議会での議論を始める。


国際法の批准と国内実施

  • 死刑を廃止し、国際人権(自由権)規約(ICCPR)第2選択議定書(永久的に死刑を廃止する)を批准する;

  • 国連拷問等禁止条約議定書を批准する。


死刑の執行の透明性を高めることの保障;

  • 一般の議論に情報を提供するため、死刑の適用に関するあらゆる情報と執行スケジュールを入手可能にし密行主義に終止符を打つ;

  • 執行日を死刑囚およびその家族に事前に告知するなど十分な情報公開により、生きる権利のための手続き上セーフガードを整備し、死刑囚の権利を尊重する。


拷問、虐待および自白の強要に終止符を打つ措置

  • 拷問、虐待を受けた、または警察による尋問で法的助言へのアクセスができなかったと言われている死刑囚のケースの調査を指示する;

  • 人権侵害の温床である代用監獄制度廃止に向けた措置を採り、刑事の被疑者に対する法的手続きにおいて検察官が強要して自白を引き出すことが決してないよう保証する;

  • 将来的に濫用を防ぐため、すべての取調べに電子記録システムなどセーフガードを導入する;

  • 死刑の可能性がある人びとに対し、法的手続き全般で自らが選び国が任命した法的代理人の提供を保証する。


拘置所・刑務所の処遇を改善

  • 被拘禁者の人権を侵害する極度に厳格な処遇をやめ、国際的な人権基準に十分に従った監獄法およびあらゆる規則を勾留される場所に適用する。刑務所や拘置所に存在する規則および規定の制度は“自由を奪われたすべての者は、人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して、取り扱われる”とした国際人権(自由権)規約(ICCPR10条に合致しなければならない;

  • それぞれの拘禁施設所長の裁量も含め、収容規則は公開されなければならない。


精神障害のある人びとを処刑しないことを保証

  • 恒久的または一時的に精神障害に苦しむ人びとに死刑が科されず執行されないよう保証する;

  • 精神障害に苦しむ人びとは死刑囚監房に収監されず適切な医療措置を受けられるよう保証する。


医療関係者に対するアムネスティの要請

  • 死刑制度により職業倫理が侵害されないよう保証する努力を行なう;

  • 精神病の人びとを保護する広く認められた原則が侵害された場合、当局に懸念を伝える。

1 刑集23191ページ。John M.Maki編「Court and Constitution in Japan: Selectedn Supreme Court Decisions, 1948-60. Seattle: University of Washington Press, 1964, p.157.

2 http://www.moj.go.jp/SPEECH/POINT/sp051031-01.html

3 フランス、日本、ドイツ、米国、英国、カナダ、イタリア

4 日本の刑法では、死刑相当犯罪は以下の通りである。殺人(199条)、強盗致死(240条)、強盗強かん致死(241条)、汽車電車転覆致死(126条)、往来危険汽車電車転覆破壊致死(127条)、水道毒物混入致死(146条)、内乱罪首魁(77条)、外患誘致(81条)、外患援助(82条)、現住建造物放火(108条)、激発物破裂(117条)、現住建造物浸害(119条)。さらに特別刑法で、航空機強取等致死(航空機の強取等の処罰に関する法律、1970年)、航空中の航空機を墜落させる等の罪(航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律、1974年)、決闘殺傷(決闘罪に関する件、1889年)、爆発物使用(爆発物取締罰則、1884年)、人質殺害(人質による強要行為等の処罰に関する法律、1978年)

5 例えば、市民的・政治的権利に関する国際規約。日本は1970年代に署名、批准した。

6 Shimizu Kaho, “Even Victimised Divided on Death Penalty”, The Japan Times, 3 October 2002.

7 出展:死刑についての調査で日本を訪れた欧州評議会の報告者の報告より。

http://assembly.coe.int/Documents/WorkingDocs/doc01/EDOC9115.htm

8 French, Howard W., “Japan Carries Out Executions in Near-Secrecy”, New York Times, 20 December 1999.

9 Alston, Philip, Transparency and the Imposition of the Death Penalty, Report of the Special Rapporteur on extrajudicial, summary or arbitrary executions, UN Doc. E/CN.4/2006/53/Add.3, 24 March 2006, para.32.

10 ibid., para 47.

11 ibid., para 7.

12 ibid., para. 21.

13 尾田正夫さんは、強盗殺人と強盗殺人未遂で有罪となった。袴田巌さんは、家族4人に対する強盗殺人の罪で有罪となった。

14 http://www.deathpenaltyinfo.org/article.php?&did=1397#DEATH_ROW_SYNDROMEDEATH_ROW_PHENOMENON

15 枢密院司法委員会は英国に置かれているが、多くの英語圏カリブ海諸国の最上級審である。

16 http://www.privy-council.org.uk/output/Page171.asp

17 「障害を持つ人びとの機会均等に関する基準規則」(A/RES/48/961993年の国連総会で採択)では、障害は以下のように定義されている。「『障害』という言葉は、世界のあらゆる国のあらゆる人民に起きる多数の異なる機能的制約の総称である。人は、身体的、知能的、知覚的な損傷、医療状況あるいは精神病によって障害を持つ可能性がある。このような損傷、状況あるいは病気の性質は永続的な場合も一過性の場合もある。」アムネスティは、「障害を持つ人びと」という言葉を国連が現在使用している用法に従って使用する。国際人権(社会権)規約委員会の一般的意見5「障害を持つ人びと」(1994年の第11会期、国連文書 HRI/GEN/1/REV.5 3、第4段落)参照。

18 国連人権委員会決議2004/672004421日、第4段落(1)

19 「心身喪失」「心身耗弱」という語は日本の法務省の公式用語である。

20 「死刑および死刑に直面する者の権利保護の保障の実施」200539日、国連文書 E/2005/3

21 監獄法第72条「死刑ヲ執行スルトキハ絞首ノ後死相ヲ検シ仍ホ五分時ヲ経ルニ非サレハ絞首ヲ解クコトヲ得ス」

22 1981928日から102日にポルトガルのリスボンで開かれた第34回世界医師会で採択され、200010月にスコットランドのエジンバラで開かれた第52回医師会総会で修正された。日本医師会は世界医師会の会員である。

23 米国内科学会「信頼を裏切る:米国で死刑執行に関与する医師」(http://hrw.org/reports/1994/usdp/) などを参照。また米国内科学会は、マドリード宣言において精神科医の役割に焦点を当てている(1996825日、スペイン、マドリード)。同学会の死刑に関するガイドラインには、「どのような状況においても精神科医は合法的な処刑に関与したり、執行が可能かどうかの判断に関与したりするべきではない」とある。

24 http://www.med.or.jp/english/02_princ.html を参照。

25 斎藤静敬著「死刑再考論」(1980年、成文堂)から引用。

26 ブルース・ウォレス「Awaiting Death's Footsteps」(200632日、ロサンゼルス・タイムズ紙)

27 同上。「1954年、赤堀政夫さんは当時24歳のホームレスだった。警察官に殴られて、女子児童の強かん殺人を『自白』させられたと主張した。結局、1989年に再審が認められ(最初の再審請求は1961年)、約35年たって無罪となり釈放された。現在赤堀さんは75歳、間違った有罪判決の見返りに受け取ったささやかな額の和解金で生活している。」

28 同上。

29 同上。

30 高根沢さんは強盗の最中に2人を殺害したとして有罪判決を受けた。

31 同上。法務省矯正局成人矯正課の松村憲一氏の発言を引用。

32 国際人権(自由権)規約委員会の最終見解、国連文書 CCPR/C/79/Add.10219981119日、第21段落。

33 犯罪防止および犯罪者の処遇に関する第一回国連会議(1955年にジュネーブで開催)で採択され、国連経済社会理事会決議第663C(XXIV)1957731日)および決議第2076(LXII)1977513日)として承認された。

34 例えばFatal Flaws: Innocence and the death penalty in the USA (AIインデックス: AMR 51/69/98)を参照。米国で1973年以降、無実の証拠が現れたために釈放された死刑囚の数は現時点で123人である。

35 監獄法第13項には、「警察官署ニ附属スル留置場ハ之ヲ監獄ニ代用スルコトヲ得」とある。この制度は拘禁施設の不足を補うための臨時措置として1908年に導入された。

36 谷口繁義さんは20057月、74歳で亡くなった。

37 斎藤幸夫さんは200674日、75歳で亡くなった。

38 拷問等禁止条約第191に基づく第1回政府報告、パラ142200512月に拷問禁止委員会に提出。国連文書 CAT/C/JPN/1

39 『代用監獄の廃止を求めて』10ページ。日弁連、19989月。

40 国際人権(自由権)規約委員会、第7条に関する一般的意見、自由権規約の一般的意見20、第11段落(1992年)

41 国連総会、『司法運営における人権』、総会決議39/118UA

42 国連経済社会理事会決議1989/641989524日。アンダーラインはアムネスティによる。さらに詳細な情報は、アムネスティのFair Trials Manual (AIインデックス POL 30/02/98)145ページを参照。

43国際人権(自由権)規約委員会報告書を参照、国連文書. A54/40(1990), パラグラフ1645。これ以前の懸念については、国連文書. CCPR/C/79/Add.28, 1993115日、パラグラフ4を参照。

44 日本政府第1回拷問等禁止条約報告書第19条パラグラフ1に関する部分、パラグラフ134

45 さらに国際人権(自由権)規約委員会は、“刑事法の下で、検察には、公判において提出する予定であるものを除き捜査の過程で収集した証拠を開示する義務はなく、弁護側には手続の如何なる段階においても資料の開示を求める一般的な権利を有しないことに懸念を有する。委員会は、規約第143に規定された保障に従い、締約国が、防禦権を阻害しないために弁護側がすべての関係資料にアクセスすることができるよう、その法律と実務を確保すること”と勧告している。(最終見解 パラグラフ26.199810/11月 CCPR/C/79/Add.102

46 市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)第14(3)(g)

47 国際法律家協会(IBA)“日本における刑事被告人取調べ-電子記録の導入を”200312月、p.7.

48 拷問、残虐、非人道的または品位を傷つける取り扱いや処罰禁止条約選択議定書、国連総会決議A/RES/57/19920021218日採択、2006622日発効。

49市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)第10(3)は“行刑の制度は、被拘禁者の矯正及び社会復帰を基本的な目的とする処遇を含む”としている。

50 たとえば、Murder Victims’ Families for Human Rights, http://www.willsworld.com/~mvfhr/

51 脚注13を参照。

52 同上。

53 たとえば、ワシントンポスト紙2005116日付記事“Why Japan still has the Death Penalty”の中での佐々木知子さん(元国会議員)の意見など。

54 198911月から1,9933月まで2人の法務大臣が個人的に死刑に反対していたため執行命令書に署名しなかったという。199211月に法務大臣に就任した後藤田正晴氏は19933月に3件の執行を命令した。

55 1993525日に国連の安保理決議827により旧ユーゴスラヴィア国際戦犯法廷が、1994118日に国連の安保理決議955によりルワンダ国際戦犯法廷が設置された。

56 国連人権委員会と超法規的、即決あるいは恣意的処刑に関する国連特別報告者は、ICCPR14条第3パラグラフ(b)の権利が保障されていない裁判で死刑判決が確定した場合、ICCPR6条の生命に対する権利を侵害されると述べている。国際人権(自由権)規約委員会はこの条文に関する一般的所見の中で、死刑に特に言及した上で、次のように述べている“(ICCPRに述べられている)手続き保障(独立の、かつ、公平な裁判所による公正な公開審理を受ける権利、無罪と推定される権利、最低限の防御権、上級の裁判所によって再審理される権利)は尊重されなければならない。これらの権利は減刑や恩赦を求める権利と共に適用可能である。”国際人権(自由権)規約委員会の一般的所見6の第6条(1982年第6会期)、人権条約実施機関により採択された一般的所見および一般的勧告集(国連文書. HRI/GEN/1/Rev.1 at 6(1994)7パラグラフ)。超法規的、即決あるいは恣意的処刑に関する国連特別報告者報告(国連文書. E/CN.4/2004/7, 20031222日、第44パラグラフ)も参照。


12

How you can help

AMNESTY INTERNATIONAL WORLDWIDE